
三斗小屋温泉は、康治元(1143)年奥州信夫郡信夫村の生島某により発見されたと伝えられています。朝日岳(1903m)の西側の山腹標高約1,500mの高地に位置する那須町地内の那須塩原市飛び地にあります。
泉質は単純温泉(弱塩類泉)に属し、無味・無臭・無色透明で、特に消化器系の疾患、婦人病、その他慢性諸病に適し、昔から那須七湯中の名湯として栄えてきました。
谷を下って約3kmの地に旧会津中街道三斗小屋宿跡があります。ここはまた、戊辰戦争の役の古戦場であり、白湯山登拝者の信仰の地でもありましたが、今はわずかにその面影を残すのみとなっています。
三斗小屋温泉は、現在2軒の旅館が営業しており、シーズンには多くの登山客でにぎわいを見せます。今なお自家発電のため、消灯後はランプが灯り、満点の星空や辺りの静けさが山奥の夜を演出します。
温泉宿まではいくつかの登山ルートがありますが、最短でも約2時間という健脚向け。見事な眺望や温泉のお湯が山登りで疲れた体を癒してくれます。
三斗小屋温泉の旅館では日帰りでの温泉入浴、施設利用はできません。

三斗小屋の温泉宿から東に約70m、石段を137段上ると三斗小屋温泉神社があります。
社殿は一間四方の総欅造で、内部・外部の彫刻の見事さは日光東照宮にも比すると言われるほどです。日光東照宮の造営に携わった彫刻師が保養に来て造営にあたったという言い伝えもあります。建造年は不明ですが、上り竜と下がり竜で飾る柱、貫の先端の竜頭欄間や壁面の彫刻は善美を尽くした出来栄えで、相当の年月と費用を要したと思われます。
三斗小屋温泉が最も繁盛したのは文化・文政時代(1804〜1829)で、祭礼日の9月10日などは、湯治客も加わって盛大に行われました。
市の有形文化財に指定され(昭和44年7月10日)、現在は鞘堂の中に納められています。
那須塩原市板室地内(飛び地)